SPARC LT、SPARCの名前を聞いたことがある人でも、実物を見たことは無いという人の多い、謎マシン。私はこれを2台持っています。
但し、一台は起動不能でかつ液晶が割れているという状態で、要するに部品取り用です。
今回、これのレストアをしたので、全世界で興味ある2~3人ぐらい(不明)のために、情報を残しておこうと思います。
SPARCの歴史(の一部)
このSPARCマシンは東芝製で、コンピューター博物館にも収集されているようです。有名なのは「プラズマディスプレイ」と呼ばれる、朱色に近い赤色のモノクロとして表示されるディスプレイを備えたバージョンで、私も一度だけ実物を見たことがあります。
SPARCプロセッサを搭載したワークステーション(もはや死語ですが)は、かなり多くのシェアを占めました。何といってもSun(現ORACLE)が作ったSPARC Stationシリーズが有名です。ただ、SPARCプロセッサアーキテクチャは、今でいうARMのように仕様をライセンス配布したこともあって、Sunの事実上の純正CPUの他にも、CPUを設計・製造したメーカーがいくつかあります。また、その仕様に準じれば、Sunが作っていたOS「Solaris」が、建前上、ドライバーを書くだけで動くということも、HPC市場で広まった理由かもしれません。
東芝は当初、SPARCの仕様に合わせたアーキテクチャのワークステーションを、完全に独自に設計・開発しました。それがこのSPARC LTです。SPARC LTはSun製のSPARC/Super SPARC CPUを使っていましたが、それ以外の部分は独自に設計したものでした。この上でSunが開発したSolarisが動きます。
しかし、「建前上」と言った通り、Sunの純正Solarisは無修正では動かず、低レベルをいくつか独自にカスタマイズしてパッケージングした、SPARC LT専用のSolarisが必要だったのです。
アブノーマルSolaris
Solarisを使ったことのある人は、プロセッサアーキテクチャとして、”sun4c”, “sun4m”, “sun4u”と言った名前を知っていると思いますが、このSPARC LT専用Solarisはそれらのどれでも無く、”tsb”というアーキテクチャ名でした。ええ、私も手に入れる前には独自っぽいというのは目にしていましたが、実際に入手してから初めて知りました。
環境構築したことがあれば分かりますが、これは結構大変です。中身はほとんど普通のSolarisで、実際のところsun4c相当なので、sun4c向けのバイナリが無修正で動いたりするのですが、例えばgccのコンパイルとインストールにおいて、”–host=sparc-sun-solaris”とかやるところを”–host=sparc-tsb-solaris”とかやっても、そんなの知らんわ! みたいにはじかれてしまうため、いちいち微細な修正が必要です。
まあ、それでも無理やりシンボリックリンク張ってごまかしたりして、何とかgccを入れる事が出来れば、bashとか入れてどうにか使えるところまで持っていく事が出来ます。
(補足しておくと、Sun SPARCompilerのライセンスを持っていない場合は、まずCコンパイラをどうしよう、と言う所から始まります。何を言っているのかわからなくても問題はありません)
ところで、ほかのOSはどうなのかという話ですが、まず、現代のOpenSolaris(もはや現代でも無くなってしまった…)は、リリース当初からsun4cはサポート外なので、tsbは論外です。
Linux方面はDebianがしばらくサポートしていましたが、そもそも64ビットSPARC(sun4u)主体で、32ビットの方は有志が頑張るみたいな状況でした。それもずいぶん前に切り捨てられて、今はSPARCをLinuxで動かすという目は無いように思います。
最も普通に動きそうなのはNetBSDです。32ビット/64ビットSPARCを両方ともまだサポートしていたと思います。Solarisに比べても圧倒的に軽いので、実用(?)するならNetBSDを使うのが良いかもしれません。しかし、残念ながら、SPARC LTは東芝独自の設計(tsb)のために、低レイヤーで非互換の部分があり、動きません…
自力で調べた範囲では、NVRAM周りの構造とメモリマップが違っているのは見て取れたのですが、OpenPROM(今でいうUEFIシェルみたいなものです)のForthが壊滅的にわからなくて、あの上でいろいろ調べる気にならず。
結局、SPARC LTを動かすには、Solaris(しかもtsb)を使うしか選択肢はありません。
余談ですが、SunのSPARCマシンでは必ずやることになる、NVRAM健忘症への対処は、tsbでは必要ありません。NVRAMはあるのですが、そこにシリアルナンバーやMACアドレスなど、重要な固有IDを保持していないようなのです。NVRAMが健忘になっていても、IDが全部ffになったりとかしません。このことから、NVRAM辺りにも非互換がある事がわかります。
ニコイチ計画のはずが
前振りが長くなりましたが、ずっと温存していた計画があって、2台のSPARC LTは次のような状態だったので:
- どちらも同一モデル。TOSHIBA SPARC LT AS1000/C80 。プラズマディスプレイではなくカラー液晶(この頃は非常に高価だった。但し発色はTNより悪い味)
- No 1. 完全に動作する。ディスクはSSDに変更してある。ガワが汚い。
- No 2. 完全に壊れている。液晶も割れている。ガワがきれい。
これらをニコイチにして、きれいなSPARC LTを完成させようと思っていました。しかし、SPARC LTはすごい重い上に、全バラするのが大変なので、まあそのうち気が向いたらと思って保存していました。その間にも、こんな催しに出張参加して、奇異の目で見られたりして、喜んでいました :)
コレクションが火を吹くぜ! #geekbar #s4leia2 #Fujitsu #as1000 #sparclt #Toshiba #sun #solaris #openwindows pic.twitter.com/ng2Le2kbYB
— Kouji Matsui (@kekyo2) August 22, 2016
そして先日、ちょうど良いタイミングだから今ニコイチをやろうと思って、出してきたのです:
なんじゃこりゃーーー!! 液晶がぁーーー!!! ガビガビになってるーーーー
しかもなんだか酸っぱい臭いが…
これ、知らなかったのですが、「ビネガーシンドローム」と言うらしいです。主に古い写真のフィルムなどで発生するらしく、貴重な映像資料の管理でも問題になっているようです。そして我々の業界では、液晶ディスプレイの表面に使っている「偏光板」が、この化学反応を起こしてこうなってしまうと。レトロPCの保存とかでも問題になっているようです。
写真で見ると斜めに割れているように見えますが、フィルムが劣化して斜めにしわくちゃになっているという感じです(フィルムの収縮具合によっては、ガラスが割れてしまうこともあるようです)。
ちょうど、これを発見する一週間前にも、某氏が古いノートPCを出して来たら液晶が変なことになっていたって騒いでいた(割れていないのに変な事ってなんじゃそりゃ、と、笑いながらスルーしていた…)ので、これの事かーー!! という感じ。自分の身に降りかかるとは思わなかった。人の不幸を笑ってはいけない。
修復方法
博物館で収集されるような物品を持つものとしては、修復する義務がある、などと勝手に理由付けしつつ、方法を探る事に。
どうやら、ガラスにまでダメージが行っていなければ、偏光板を交換すれば良いようです。が、簡単ではなさそう。まず、偏光板はガラス面に結構強固に貼り付けられている事が多いので、これをきれいにはがす必要があります。当然、その過程で基底のガラスを割ってしまう危険があります。もう一つの問題は、偏光板の入手の問題です。単なる偏光板は、今やAmazonでも入手可能です(以下は一例)。
https://amzn.to/38t9f6A
これらは科学の実験教材として売られています。が、液晶に流用すると、透過率があまり良くないようです。そのため、液晶専用に設計された偏光板を使うのが良いのですが、途端に入手性が悪くなります。
また、サイズの問題もあります。液晶の場合、偏光角度が対角(45度)になっていることがあるらしく、つまり0度又は90度になっている偏光板だと、斜めにして切り落とす必要があります。そうすると、必要なサイズをかなり大きめに見積もっておかなければなりません。
うーん、めんどくさい、これはめんどくさいぞ…
修復した!
ビネガーシンドロームLCDの修復は、丁寧に偏光板を剥がす事なのですが、ガラス割ってしまいそうだし、ガチガチに固着しているためにとても剥がせる気がしない。やるにしても、万が一を考えて、代替のLCDを調達できるかどうかを確認しておく必要がありました。
そして、全く同じLCD型番がAliExpressの業者で扱っている(!!!)のを発見し、これで替えられるなら修復しなくても良いか、という事で取り寄せました。
液晶のスペックが現代のに比べてアレなので、相対的にかなり高額の出費となりました (金額は自分で言うと萎えるので伏せておきます…)。
それでは見てください: TOSHIBA SPARC LT AS1000/C80 resurrected from vinegar syndrome LCD
また、その業者が最初に送ってきたものは液晶バキバキで orz、代替品を要求して更に2週間後、やってきたのは基板の銅箔が析出してるデンジャラスなやつ… これらをニコイチして、ようやくまともなLCDを手に入れました。
AliExpressの業者は、どうも大量に新品・中古・偽物のパーツを入手して備蓄しておいて「全て新品、動作確認済み!」と称して販売しているところが多いようです。レアLCDでここ以外に売っている所がないからどうにか堪えて冷静に取引しましたが、そうでなかったらブチ切れものだった…
(ここの交渉も面白かった部分なんですが、面倒なのでカット)
レトロマシンの手入れは大変です。欲しいと言うかどうかは分からないけど、Living Computer Museumに寄贈しようかとか考えてしまった…